煙が目にしみる

猫と老人の日記

And I Love Her(3)

 ソーカーさんの後継者であるP.C.ソーカー.ジュニアが、デイさんと一緒に部屋に入って来ました。このとき、僕は初めてソーカー.ジュニアを見たのですが、兄のマニックと比べるとふっくらとしていて、口髭も生やしているし、亡くなった父親に良く似ていました。

 ソーカー.ジュニアはカルカッタ大学の大学院生でしたが、子供のときから後継者として育てられていたのでしょう。父親の死が伝えられると、すぐにP.C.Sorcar魔術団を引き継ぐことになり、残りのショーのために日本に呼ばれたのでした。

 

 柩の傍らに座り、ジュニアはしばらくの間父親の顔を見詰めていました。涙ぐんでいるようでした。

 デイさんは、マニックに代わって女の子たちに言いきかせていました。

 きっと「あとのショーはジュニアがやることになったから、亡くなったお父さんのためにも、あなたたちは日本でのショーを最後までやりとげなければいけないんだよ」というようなことを言っていたのでしょう。もちろんベンガル語は僕には分からないので、想像に過ぎませんが。

 ソーカー.ジュニアも、女の子たちに何か言っていました。ジュニアの声はソフトでとても優しい声でした。

 

 僕たち日本人スタッフは、邪魔をしてはいけないのでマニックとジュニアに会釈だけして、部屋の外に出ました。

 イワモトさんはH興行の人に車で札幌まで送ってもらって、翌朝の飛行機で東京に帰るのだそうです。

 ソーカーさんの遺体もマニックと共に札幌まで運ばれるらしいという話でした。

 「イワモトさんも、ソーカーさん運んで札幌に行くんですか?」と僕が聞くとイワモトさんは「嫌だよ。死体と一緒だなんて。『らくだ』じゃあるまいし」と、肩をすくめて言うので、僕は不謹慎だと思いながら笑ってしまいました。

 フジモリくんは何のことか分からずきょとんとしていました。

 

 ホテルの玄関にH興行の車が着くと、イワモトさんは「じゃあな。君たちはしっかり働くんだよ」と言いのこすと、背を丸めて車に乗り込み去って行きました。

 冬の北海道は日が暮れるのも早く、もう外はうす暗くなっていて、道路の端に積みあげられた雪が白く浮かびあがっていました。