煙が目にしみる

猫と老人の日記

And I Love Her(18)

 食事を終えて、チャイを飲みながら僕たちが談笑していると、ガヤガヤと大勢の若者たちが入って来た。見ると、この辺りで見掛けるような連中ではなく、レイバンのサングラスに真新しいスウェット、細身のジーンズにアディダスの靴を履いている。
 さらに驚いたのは、彼らは手に手に銃を持っていたことである。
 僕もジャン=イブもゲストハウスで一服してきているので、ちょっとほろ酔い気分であった。もちろん、一服はたばこではなくて、本場のインド大麻を一服してきたのだ。

 食後の満腹感も手伝って、そのときの僕たちはきっとニコニコしていたのだと思う。
 入って来た連中も、さほど僕たちのことを気にする様子もなく、地元のちょっとワルな若者たちが入って来たという風に僕たちは思っていた。
 ところが、しばらくすると入り口のほうから言い争う声が聞こえてきた。
 ヒンディー語が分からない僕は、お坊さんに何が起きてるのか尋ねた。

 お坊さんは、おだやかな調子で言った。
 「彼らは『金を出せ!』と言っているのだが、オヤジさんは『金はない』と言うのでもめているのだよ」
 その言葉を聞いて、僕とジャン=イブ、シルヴィアの三人は顔を見合わせた。
 さっきまでの愉快な気分が吹っ飛んで、三人とも真顔になってしまった。

 僕は彼らの銃が本物か、彼らには聞こえないように小声でお坊さんに尋ねた。
 「あれは本物だよ。ときどきぶっ放すこともあるから、怒らせないようにしていたほうがいいよ」と、お坊さんは笑顔で答えてくれた。
 「ヤバい!」声には出さないけど、三人ともその瞬間そう思ったはずだ。

 彼らが持っている銃を僕は、祭の出店の射的の鉄砲みたいなものと思っていたのだ。
 なぜそう思ったかというと、これもインド大麻のなせる技だったのかもしれない。
 それからが大変。僕ら三人はどうやってこの店から出ようかと思案を巡らせた。
 それで、結論はというと、いままでの雰囲気を崩さずに、あくまでフレンドリーな雰囲気を醸しだしながら、このまま退場しようということになった。

 僕らはお坊さんにお礼を言うと、彼ら盗賊団にも笑顔を振りまきながら、ソロリソロリと出口のほうに向かった。
 店主と言い争っている、ギャングのボス的なお兄さんにも、笑顔で「ナマステ」とか「Good Night !」とか言いながら外に出た。
 外に出た僕らは一目散にゲストハウスに逃げ帰ったのである。

 一概には言えないが、フランス人には冒険心、好奇心が強い人たちが多いように思う。新し物好きも多い。だから、思想や藝術も最先端のものをすぐに取り入れたりするのだろう。創造性の豊かな人種なのだと常々思っているのだが、ジャン=イブたちもご多分に漏れず、物好きで好奇心旺盛なカップルである。

 ゲストハウスに戻って、インド人のスタッフにさっきの出来事について話したら、彼らはガタガタと震え出した。そして口々に「ダークー」と言うのだ。
 ダークーというのは、武装したギャング団のようなもので、ガイドブックにもそういうのが時々現れて旅人が金品を巻き上げられることがあるので注意するようにと書いてある。

 僕ら三人も、この目で見て来たにもかかわらず、まだ半信半疑のところもあったのだが、ゲストハウスのスタッフたちの脅え方を見て、やはりあの連中は本物のギャングだったのだと納得した。
 で、物好きなフランス人の好奇心が、ここでムクムクと起き上がってきたのである。
 フランス人だけではない。僕のほうにも同様の現象が起きていた。
 
 ジャン=イブは、きっぱりと言った。
 「もう一度確かめに行こう!」