煙が目にしみる

猫と老人の日記

And I Love Her(20)

 ぼおっとしている間に、お経も終盤にさしかかっているようである。

 僕は子供のころから、校長先生の長い話や、学校行事に来なくてもいいのにやってきた来賓が、子供たちを体育館や講堂に集めて聞きたくもない話を長々とするときは、たいてい意識が遠のいて、ぼお~っとしていることが多かった。半分死んでいたのかもしれない。どうやら聞きたくない話を長々とされると、僕の脳は自動的にそういう仮死状態というか、スリープというか、そういうふうになるらしい。眠っているわけではないが、魂の半分は夢の世界に遊んでいるというか、魂が半分になるということがあるのかどうか知らんが、まあ、そういうふうにぼおっとなるのである。

 

 木魚をポクポクと叩いて、おりんをチーンと鳴らして、「南無阿弥陀仏」と御念仏を唱える。この「南無阿弥陀仏」もお坊さんによって、「ナムアミダブツ」と聞こえるときもあれば「ナモアミダブツ」と聞こえるときもあるし、「ナマンダブ、ナマンダブ」のときもあれば、「ナア~モア~ミダア~ンブ」のときもある。これはお経の流れでそういう調子になるのかもしれない。

 

 まあ、そういう感じで葬式のメーンイベントであるお坊さんの合唱が終わり、三人の僧侶は「何万だ?何万だ?」とつぶやきながらギャラをもらって引き上げていった。

 葉沼くんがMCを務めるらしく、ワイヤレスのマイクを持って登場した。

 「これをもちまして、故島崎礼子様の葬儀ならびに告別式を終了いたします。
長時間のご会葬誠にありがとうございました。この後まもなく出棺でございますので、お見送りされる方はしばらくお待ちください」

 すごい! プロだ! よどみなくこういうことが言えるのは、さすが寺の息子だ!

 ところで、たいてい葬式では喪主とか遺族のあいさつがあるようだが、そんなのあったかな?

 僕は、隣に座っているフルモトに小声で尋ねた。

 「もう、終わり? 喪主のあいさつとかなくていいのかな?」

 フルモトはニヤニヤしながら答えた。

 「佐橋さん、爆睡しとったやん。いびきまでかいとったよ」

 「ふえっ! そうなの?」

 驚いた、僕は式が始まると同時に寝てしまっていたらしい。

 足が痛いので正座は勘弁してもらって、あぐらをかいていたのであるが、それでも座ったまま爆睡していたというのは、それはそれですごいことではないか。達人というか名人というか、そろそろ聖人の称号さえもらってもいいのではないか。

 「そんなアホな。佐橋さん僕にずっともたれて寝とった」