煙が目にしみる

猫と老人の日記

And I Love Her(21)

 司会進行は葉沼くんがやったのだが、一応葬儀屋さんも来ていたらしく、祭壇の前に置かれていた礼子さんの棺を黒服の男たちが抱えて、部屋の中央に置いた。

 「お別れの時間となりました。名残惜しいですが、皆さんどうぞ故人の周りにお集まりください」葉沼くんが言い終わらないうちに、あちらこちらですすり泣きが始まった。ほとんど僕の知らない人たちだ。礼子さんの親戚の人たちなんだろうか。

 その人たちはハンカチで涙を拭いながら棺の周りに集まって来た。代わる代わる棺の中の礼子さんを覗き込んで、「礼子ちゃん、あたしももうすぐそっちに行くからね」とか「礼子さん、今まで仲良くしてくれてありがとう」とか、「お疲れさまでした。安らかにね」とか声を震わせながら言っている。

 「礼子、おれより先に逝っちゃダメじゃないか」というだみ声が聞こえてきた。かっぷくのいい白髪頭の男性が棺の中に顔を突っ込むようにして別れを告げている。どうやら礼子さんのお兄さんらしい。

 それから棺のふたに釘を打つという儀式が始まった。島崎さんと息子や娘たちが川原の石のように丸くなった石を握って釘を打つしぐさをしている。

 実際に打ち込んでいるのかどうか分からない。僕はあのパフォーマンスはやったことがないからだ。金槌で打ってはいけないという決まりがあるらしい。

 

 「どうして金槌で打ったらいけないのかね?」

 BGM用のCDをかけに来た葉沼くんに訊いてみた。

 「さあ、どうしてなんでしょうね。僕も良く知らないんですけど、棺おけのふたに釘を打つときは金槌は使いませんね」

 「本当に使わないの?」

 「いや、使うこともあるらしいですけど」

 「なんだ。使うのか~い! じゃあ、ダメということじゃなくて、石を使うなんか別の理由があるんだろうね」

 「昔はどこの家庭にでも金槌があるというわけじゃなかったからかな……」

 「そうだろうか。石を使って打つと中途半端な感じで、簡単に開けられそうじゃない。途中で生き返った人が中から開けやすいようにということかもね」

 「あははは。そうですかねえ」

 結論が出ないまま、葉沼くんは棺を抱えて出ていく島崎一家の後について出ていった。

 「お見送りに行きましょうか」フルモトちゃんに促されて、僕も外に出た。

 表には葬儀屋の車が来ていた。お神輿のようなデコレーションがされた霊柩車じゃなくて、黒塗りのハイエースだった。側面に金色で蓮の花と葬儀屋のロゴが入っている。

 あの狭い山道を良く登ってきたなと僕は感心した。

 そして、もし僕の仮説が正しくて、棺のふたが開きやすいように石で簡単な釘どめがしてあるのなら、あの山道を下り火葬場に行き着くまでに車の震動でふたが開きやしないかと、少し心配になった。

 

 火葬場には親族だけが行くらしく、良く知らないその他の人たちはそれぞれ帰っていった。僕とフルモトちゃんと葉沼くんだけが留守番のために残ることにした。