And I Love Her(19)
島崎家の床に敷かれたエスニック柄のカーペットを見ているうちに、僕はいつしか妄想の世界へと入り込み、大昔の記憶の糸をたぐり寄せていたのだが、「住職が来られました」という葉沼くんの声で現実に引き戻された。
葉沼くんの案内で3人のお坊さんが入って来た。先頭に立って入って来た小柄で長髪のお坊さんが、祭壇の前の真ん中の椅子に座った。女の人だった。
あとの二人は坊主頭の若いお坊さんだった。
読経が始まった。女性住職のお経はとても良い声だった。
浄土真宗のお坊さんかと思ったら、どうも違うようだった。
浄土真宗の葬式ではたいてい正信偈や蓮如上人の「白骨の御文章」というのが読み上げられるのであるが、それとは違うお経なのである。
どうやら浄土真宗ではなくて、浄土宗のお坊さんのようだ。
僕の父親は浄土真宗の門徒だったから、浄土真宗のお経は内容は詳しく知らなくても聞き覚えはあるのだが、浄土宗の葬式は初めてだったのでどういう内容のお経かは良く分からない。
女性住職はまだ若いようだ。声に張りがあり艶っぽい。意味は分からなくてもうっとりとして聞いていたら、再び妄想の世界に入っていきそうな気がした。
「南無阿弥陀仏」という念仏は同じだ。同じなはずだ。もともと浄土真宗の開祖とされる親鸞は、お師匠さんである浄土宗の開祖法然の教えに従い、法然を慕いつづけた人だからである。「たとえ法然の教えを信じたために地獄に落ちたとしても本望である」というようなことさえ親鸞は言っている。
ところで、「もう一度確かめに行こう!」というジャン=イブに扇動されて、僕らは再びギャング団が陣取るチャイハナに出掛けたのであったが、出掛けようとする3人をゲストハウスのスタッフは青くなって止めた。しかし、そんなことでひるむ我々ではなかった。引き止めても無駄だと察したスタッフは、最悪の状況を想定して籠城の準備を始めた。窓という窓、扉という扉に鍵をかけはじめたのである。
勇敢なというかバカな三人組は出て行くときに、こう言われた。
「もし、命あって帰って来られたら玄関の扉を3回叩いて『ハロー、ハロー、ハロー』と3回叫びなさい。そうすれ開けてやるから」
最後にダメ押しで、こういうことも付け加えた。
「間違ってもダークー(強盗団)を案内して連れて来たりしてはいけない」
こうして3人は勇んで武装強盗団に占拠されたレストランに戻ったのである。
テントの入り口で言い争っていたギャング団のボスはチャイを飲んでいるところだった。テントは静かだった。どうやらレストランのオヤジとの話し合いに決着が付いたようだ。中をのぞくとギャング団の子分(たぶん、そういう関係だと思う)たちも「やれやれ、平和的な話し合いで解決して良かった」という雰囲気でチャイを飲んでいた。
一番奥の、僕たちが食事をしていた場所には、まだ例のお坊さんが座っていた。
お坊さんは、僕たちが戻ってきたのに気が付くと、「おやおや、また来たのかい」というような感じの笑顔で迎えてくれた。
ギャング団の面々は「なんだこいつら?」という怪訝な表情で僕らを見ている。
入り口でチャイを飲んでいたボスは、なかなかフレンドリーな感じで僕たちのほうを見ていた。ビジネスが終わって一段落したので、3人のアホな外国人旅行客を観察してみようという気になったのかもしれない。
「どうなりました?」とお坊さんに訊いてみた。
日本でも飲食店からみかじめ料を徴収してまわるヤクザがいるように、このダークーと呼ばれるギャング団は、もうかっていそうな飲食店から定期的に売上からいくらかずつ徴収しているようなのだ。
飲食店のほうではどういうメリットがあるのか分からない。共存共栄の関係なのか、一方的に脅迫されての揺すり集りなのか。とにかく、いつものように金を徴収に来たら店のオヤジが「今月は不景気なんだ。客が少なくて売上がない。あんたたちに渡す金はないよ」みたいなことを言ったらしい。それで「何を!」「ざけんじゃねえよ!」という言い争いになったのだという。無事に話がついて血を見ずに良かったのでした。
日本人とフランス人のオバカな三人組も、一件落着の話を聞いて、二杯目のチャイを飲み干すと、「良かった。良かった」と言いながら、厳重に戸締まりされたゲストハウスに引き揚げていったのでした。