And I Love Her(12)
翌日の午後、私は隣町にある古本書店(ふるもとしょてん)を尋ねた。
島崎洋司の妻、礼子の葬儀は自宅で執り行われるということだったが、私は島崎の自宅を知らないので、古本光輝(ふるもとみつてる)と一緒に行くことにしたのだった。
古本(ふるもと)の店を尋ねるのも半年ぶりである。
裏通りの いかがわしい空気が漂う一角にある小さな本屋である。
冬の午後とはいえ、古本書店の周辺は薄暗く、すえたにおいが漂っている。良く言えば昭和の香りであり、はっきり言えば酔っ払いのゲロと野良犬の糞のにおいと、側溝の汚水のにおいをミックスしたような空気が路地裏一帯によどんでいるのだ。
店の前に置かれた大きな「古本書店」と書かれた電飾看板にもたれるようにして、毛並みの悪い犬が一匹またぐらに頭を突っ込んでべろべろなめている。
「古本書店」は「ふるもとしょてん」と正しくは読まなければならないのだが、ここを訪ねる客のほとんどが「ふるほんしょてん」と思っている。実際に古本を扱っているので間違いではないのだが。
古本光輝(ふるもとみつてる)の店だから、正しくは「ふるもとしょてん」なのである。余談なのだが、表通りのほうには中古書店(なかふるしょてん)という本屋があって、そこは新刊書を扱っている。中古(なかふる)は、やはり店主の名字らしい。
ややこしいことはなはだしいのである。
入り口の硝子戸には「高値買い取りいたします!」「高く買っても、安く売らなきゃ頭が痛い」とか、「エロい写真集大歓迎!」とかの張り紙がすきまなく張られていて、中は良く見えない。
硝子戸を引き開けると、古書店特有のカビのにおいを含んだ空気が流れ出してきた。
店主のフルモト(まぎらわしいので彼の名前はカタカナで記すことにした)は、紐で縛った大量の雑誌類に埋もれるようにして、何かを探していた。
「携帯が見つからんのや」
アダルトやホビー系の雑誌を片付けていたら、携帯がどこかに紛れ込んでしまったのだという。
フルモトは買い取りした本などを保管するために倉庫を借りていたのだが、そこを引き払って在庫の古本や雑誌類を全部この店に運び込んだために、足の踏み場もないほどになっていた。
そろそろ出掛けないと、礼子さんの葬儀の時間も迫っているのだがと思いながら、何気なく辺りを見まわしていたら、レジの脇に置かれた携帯電話に気が付いた。
「これやないと?」
「えっ、どこ?」
巨体を古雑誌の中に沈めていたフルモトが振り返った。
「ほら、レジのとこ」
「ああ、そこに置いとったんか」
フルモトは苦笑いして、携帯を手に取った。
「もう、そろそろ出掛けないと葬式始まるんやない?」
「そうやね。車、僕ので行く?」
「うん。僕は道知らんから」
店の戸締まりをすると、私とフルモトは表通りの駐車場まで歩いて行った。
「フルちんは、島崎さんとの付き合い長いよね」
私や、友人たちの間では古本光輝のことを「フルちん」と呼んでいる。最初は「フルモッちゃん」だった。それがいつしか「フルちゃん」になり、さらに「フルちん」と呼ばれるようになっていたのである。
そう呼ばれてもフルモトは嫌がらなかった。
古本光輝は、私の友人の中でも比べようもないほど、その体形に似て大らかな性格の持ち主であった。
私は一度、フルモト本人に「フルちんは、寛容が服を着て歩いてるような人だから」と言ったことがあった。
彼は笑いながら「寛容が服を着とるんやなくて、寛容がふりちんで歩いとるんやない?」と答えた。そういう寛容とユーモアの持ち主なのである。