煙が目にしみる

猫と老人の日記

2021-01-01から1年間の記事一覧

And I Love Her(22)

葬儀屋のハイエースが「フォーンフォーン」とお別れのクラクションを鳴らして動きだした。 葉沼くんがアンプのボリュームを上げると、BOSEのスピーカーから大音量でビートルズの「ドライブ・マイ・カー」が流れ出した。僕は驚いて葉沼くんの顔を見た。 彼は…

And I Love Her(21)

司会進行は葉沼くんがやったのだが、一応葬儀屋さんも来ていたらしく、祭壇の前に置かれていた礼子さんの棺を黒服の男たちが抱えて、部屋の中央に置いた。 「お別れの時間となりました。名残惜しいですが、皆さんどうぞ故人の周りにお集まりください」葉沼く…

And I Love Her(20)

ぼおっとしている間に、お経も終盤にさしかかっているようである。 僕は子供のころから、校長先生の長い話や、学校行事に来なくてもいいのにやってきた来賓が、子供たちを体育館や講堂に集めて聞きたくもない話を長々とするときは、たいてい意識が遠のいて、…

And I Love Her(19)

島崎家の床に敷かれたエスニック柄のカーペットを見ているうちに、僕はいつしか妄想の世界へと入り込み、大昔の記憶の糸をたぐり寄せていたのだが、「住職が来られました」という葉沼くんの声で現実に引き戻された。 葉沼くんの案内で3人のお坊さんが入って…

And I Love Her(18)

食事を終えて、チャイを飲みながら僕たちが談笑していると、ガヤガヤと大勢の若者たちが入って来た。見ると、この辺りで見掛けるような連中ではなく、レイバンのサングラスに真新しいスウェット、細身のジーンズにアディダスの靴を履いている。 さらに驚いた…

And I Love Her(17)

いすやテーブルを取っ払って大広間のようになったレストラン「オリーブ」の床には、カラフルなエスニック柄の敷物が敷き詰められていて、喪服を着た人々が座っている。 ぼんやり眺めていた僕の脳裏にはある光景が浮かび上がってきた。 ずいぶん昔のことだが…

And I Love Her(16)

島崎さんの家に入るのは初めてである。 家の中は天井も高く広々としている。入ってすぐのところがレストランとして使われるために普段は4人掛けのテーブルが5つほど置いてあるらしいのだが、きょうはすべて片付けてあり、板張りの床にはエスニック風の柄の…

And I Love Her(15)

「ハヌマくんも、もう来てるみたいですね」 フルモトは空き地に並んでいる車を見ながら言った。 軽自動車、トラック、バン、ジープ、さまざまな車が並ぶ中で、荷台にブルーシートをかぶせた軽トラックは間違いなく葉沼隆の車である。 葉沼は陶芸家で、ここか…

And I Love Her(14)

フルモトの運転する軽バンは町を出て、山道に入って行った。 本や雑誌を満載して、さらに大人二人が乗った軽自動車にとってはきつい上り坂が続く。狭くまがりくねった山道をノロノロと進む。下りの対抗車が来ないのが幸いである。この道での離合は、いくら軽…

And I Love Her(13)

表通りの商店街は人通りもなく、これ以上に寂れようがないというほどのシャッター商店街になっている。営業しているのは中古書店(なかふるしょてん)と、100円ショップ、ラーメン屋、郵便局ぐらいのもので、実に閑散としているのだ。商店街の共同駐車場…

And I Love Her(12)

翌日の午後、私は隣町にある古本書店(ふるもとしょてん)を尋ねた。 島崎洋司の妻、礼子の葬儀は自宅で執り行われるということだったが、私は島崎の自宅を知らないので、古本光輝(ふるもとみつてる)と一緒に行くことにしたのだった。 古本(ふるもと)の…

And I Love Her(11)

いつもなら途中で口を差しはさみ、話題をオカルトのほうに誘導したがるのに、めずらしく白井治は私の昔話を最後まで聞いてくれた。 なぜ、私がこういった思い出話をしたのか、また白井治がなぜ私の昔話などに関心を示したのか、それは良く分からないのであっ…

And I Love Her(10)

私がもう半世紀も前の話を思い出したのは、白井書店の白井治と雑談しているうちに、問われるともなく昔話を一つ二つ思い出しながら語ったのがきっかけであった。 面白いことにもうすっかり忘れてしまっていたはずのアコのことを知らず知らずに話している自分…

And I Love Her(9)

喫茶店「だるま」で暖を取り、熱いブラックコーヒーとサンドイッチで一息ついたものの、そこからホテルへの帰路は結構遠く、途中で吹雪き始めたので帰り着いたときの僕は雪だるまのようになっていました。 冷え切った体を温めるために、風呂場に向かいました…