煙が目にしみる

猫と老人の日記

ア・デイ・イン・ザ・ライフ(8)

 その日は、リハーサルを兼ねてそれぞれの演目で用いるカーテンや、大道具の出し入れ、そして大きな道具類がとにかく多いので、それをステージの袖にどうやってスタンバイさせるかなど、いろいろなチェックを行いました。

 ドロップカーテンは、ステージの上にワイヤーで吊ってある、バトンと呼ばれている鉄パイプに結び付けておいて、必要なシーンで背景として用いるわけです。バトンも何本もあるわけではないので、何枚かのカーテンを一本のバトンに結び付けておいて、演目が終わったものから順番にはずしていったりしないといけないのですが、もちろんお客さんの目の前でやるわけにはいかないので、緞帳が下りているときや、暗転のときにやるわけです。そのきっかけを覚えておかなけれならないのですが、素早くやらないと明かりがついてしまったり、幕が上がってしまったりということになるので、結構難しそうでした。

 実際に、本番中に失敗したこともありました。

 

 ドロップカーテンの上げ下げは、普通「綱元(つなもと)」と呼ばれる舞台の奥にあるところで操作します。舞台の上には照明器具を吊すバトンや、幕を吊すためのバトン、書き割りと呼ばれる背景に用いる木枠に布を張ったものを吊したりするバトンが何本も下がっています。電動で上下させるもの以外は、「つなもと」に操作するためのロープが何本も下がっています。バトンは鉄パイプですし、そこに大きくて重たい幕やスポットライトなども吊すので、バランスを取るために反対側のつなもとのほうには「カウンターウエイト(しず)」という鉄の重りが取り付けられています。このカウンターウエイトは通常は、バトンを手動で楽に上げ下げ出来るようにバランスが取られているのですが、たまにバトンに吊したもののほうが重すぎたり、逆につなもとのカウンターウェイトのほうが重すぎたりで、極端にバランスが崩れたままのものもあるので、操作用のロープを固定してあるストッパーをうっかりはずすと事故になりかねず危険です。

 だから、まず「つなもと」の仕事をするには、最初にこのバランスが取れているかチェックしないといけないのです。

 それから、ストッパーをゆるめてバトンを作業が出来る高さまで下ろします。

 幕の取り付けは、最初のうちは手の空いている者全員でやりました。そのうち慣れてくると、僕ひとりでやるときもあるし、舞台監督のイワモトさんと二人でやるときもありました。

 

 背景幕を複数のバトンに取り付けて、次の演目に移るときに素早く手前の幕を上げてしまい、後ろに準備していた幕を背景としてショーを続けることもあります。

 そのときのきっかけはムラリーさんというバイオリンで効果音やBGMを演奏しているおじさんがいたのですが、そのムラリーさんの曲がきっかけになっているときもありました。曲調が哀しげなメロディーからリズミカルなものに変わると、背景の幕を一瞬にして変えるわけです。

 吊したバトンや幕を客席から見えない高さに上げてしまうことを、舞台用語で「飛ばす」と言います。こういう場合は、わざとつなもとのウェイトを重めにしておいて、バランスを若干崩しておきます。そして、背景幕を変えるタイミングで、ロープを緩めて「飛ばす」わけです。

 これが最初のうち、タイミングが合わずにデイさんからしかられたこともありました。暗い幕裏で、デイさんが「カーテンチェンジ!」と何度も叫んでいるのです。

 

 そういう失敗も含めて、1971年1月2日、旭川での初日の公演は緊張の中で、なんとかやりおおせることが出来ました。