煙が目にしみる

猫と老人の日記

And I Love Her(7)

 稚内の公演を終えて一度旭川に戻ったときのことでした。

 「すごかったんですよ。あの子、おれの背中に爪を立てて、もう足をからめちゃって放してくれないんですから」

 「ええ? フジモリ、おまえあの子とやっちゃったのか?」

 「そうですよ。あの子なかなかのもんでしたよ」

 「いやだなあ! おれ、フジモリと兄弟になっちゃったよ!」

 「えっ? タニムラさんもやったの?」

 「いやだなあ。おまえと兄弟だってよ・・・」

 僕は、その会話が耳に入って来たとき、凍り付いたようになっていました。

 あの子って誰だ? 彼らの話ではベリョーザの女の子って言ってたけど、まさかアコのことじゃないだろうな? アコはそんな子じゃないと思うけど。僕は不安と嫌悪感が入り交じった思いで、もうそれ以上彼らの話は聞きたくありませんでした。

 ちょうど、アコに会いに行こうと出掛けようしていた矢先のことでした。

 

 フジモリくんたちの話を聞きたくなかったので、いったんホテルを出たのですが、ベリョーザに行く気も失せてしまいました。宙ぶらりんな気持ちを抱えて、どこに行くともなく雪の中をうろつくしかありませんでした。

 もし、それがアコだったとしても、アコの自由じゃないか。そうも考えてみました。

 なぜ僕がそのことで彼女のことを軽蔑したり、嫌いになったりしなければならないのか。確かに僕はアコに対して好意を抱いている。いや、好意以上のものだろう。ハッキリ言えば恋をしているのかもしれない。だけど、だからといって彼女と何かの約束をしたわけではないし、彼女が僕のことをどう思っているのかさえ知らないのだから、彼女の行動をとやかく言えるわけがないのだ。でも、嫌だ。アコにボーイフレンドの一人や二人いたって構いはしないが、フジモリくんやタニムラさんとセックスしているなんて、想像しただけで嫌なんだ。なんだろう、この感情は?

 

 僕はときどき凍り付いた道で滑りそうになりながら、あてもなく歩き回っていました。町は薄暗く鉛色の空から雪が降り始めました。

 体はすっかり冷え切っていました。

 ホテルに戻る気もしなかったので、喫茶店らしい店を見つけて入りました。

 小さなお店でした。

 カウンターには中年の女性が一人座っていて、この店のマスターらしいおじさんと話していました。おじさんは年は50歳前後で、蝶ネクタイに赤いベストというかっこうでした。

 女の人は常連客のようでした。

 ここでも、聞いてはいけない会話がなされているようで、店を出ようとしました。

 「ストーブのそばにどうぞ。暖かいですよ」

 マスターが声を掛けてくれました。