And I Love Her(9)
喫茶店「だるま」で暖を取り、熱いブラックコーヒーとサンドイッチで一息ついたものの、そこからホテルへの帰路は結構遠く、途中で吹雪き始めたので帰り着いたときの僕は雪だるまのようになっていました。
冷え切った体を温めるために、風呂場に向かいました。
湯気の立ち込めた風呂場に入ると、ニモールとオニール、それにカーペンターもいます。見ていると彼らは湯ぶねにはつからずに、体を洗っているだけです。
髪を洗うときは水をかぶっているので、なぜお湯を使わないのかと訊くと、オニールは頭にお湯をかけるとバカになると言うのです。本気で言っているのか冗談なのか分からないのですが、とにかくニモールもカーペンターも「そうだ。そうだ」と首を振っています。彼らが同意するときの表現は、日本人のようにうなづいたりするのではなくて、首を横に振るのです。OKとか分かったとか、その通りとか、そういう表現です。
お湯を頭にかけるとバカになるのなら、インドの太陽光線を浴びてもバカにはならないのだろうか。お湯でバカになるというオニールの話に納得は出来なかったのですが、インドの太陽光線が人を狂気に追いやるほど強烈だからこそ、頭を熱から守る必要があるという彼らの習慣なのだろうと、僕はそういうふうに理解してみました。
結局、湯ぶねにつかることもなく、頭からお湯をかぶることもなく、彼らが出ていくと、入れ代わりにソーカー・ジュニアが入って来たのです。
驚いている僕にソーカー・ジュニアは、自分もこのホテルに泊まることになったのだと言いました。ムラリーさんやデイさんたちも一緒だそうで、魔術団の全員がこのホテルに宿泊しているのだそうです。
ソーカー・ジュニアはオニールたちと違ってお湯をかぶり、湯ぶねにもつかるので、さっきのオニールたちとの会話について訊いてみました。
ジュニアが言うには、彼らは普段お風呂に入る習慣がなく、水のシャワーや、ときに川で水浴びしたりしているので、日本人にはぬるいお湯でも熱湯と感じるらしいのです。ジュニアは子供のころから、父親のソーカーさんの公演旅行で外国のホテルに泊まることも多かったので、お湯のシャワーも、日本風に湯ぶねにつかることも平気なんだと言います。
僕のつたない英語で、いろんなことをソーカー・ジュニアと話しているうちに、年齢が近いこともあってすっかり打ち解けて友達のようになっていました。
どちらが先に言ったのか、そのうちビートルズの話になりました。
ビートルズの曲で、僕が唯一歌詞を覚えていて、歌えるのが「アンド・アイ・ラブ・ハー」です。
「この曲知ってる?」と、僕が歌い始めたら、彼も一緒に歌ってくれました。
湯ぶねの中で二人して歌っていたのですが、風呂場はエコーがかかって、われながらとてもいい声だと思ったのです。実際にはどうだったのか分かりませんが、少なくともソーカー・ジュニアは甘くすてきな歌声でした。ちょっとポール・マッカートニーの声にも似ているかもしれません。