And I Love Her(13)
表通りの商店街は人通りもなく、これ以上に寂れようがないというほどのシャッター商店街になっている。営業しているのは中古書店(なかふるしょてん)と、100円ショップ、ラーメン屋、郵便局ぐらいのもので、実に閑散としているのだ。商店街の共同駐車場も利用する客もいないので、停め放題の無料駐車場になってしまっている。
フルモト書店の軽バンには後部に、店に入りきれない段ボールや、紐で縛った古本などが積んだままになっている。
フルモトの体重はどう見ても100キロ以上ありそうだし、私がいくら小柄であっても大人二人が本を満載した軽自動車に乗り込むと、車はグッと沈み込む。
「ほんなら、行きましょか」
「お葬式、3時からやったよね」
「そうですね。4時出棺の予定ですね」
「フルちんは島崎さんとの付き合い、一番長いよね」
「島崎さん紹介してくれたのは、白井さんなんやけど、僕はずっと島崎さんと付き合うというか、お世話になってましたからね」
フルモトは四国の小豆島出身で、実家は素麺をつくっていた。親は家業を継がせようと思い、修業のつもりで親戚筋の素麺工場に働きに出した。
その親戚の素麺工場の娘と恋仲になり、娘の親もフルモトを婿に迎えて工場を継がせようと思っていた。ところが、フルモトの両親がこの結婚に反対したのである。
そのわけは、フルモトの実家のほうでも一人息子である光輝に素麺工場を継いでもらいたかったので、婿として取られると困るのである。
問題はそれだけではなかった。フルモトの恋人、名前は千香子だと聞いているが、彼女は幼いころから漫画が好きで、漫画家になるのが夢であった。
フルモトも子供のころから本の虫と言われるほど、ありとあらゆる本が好きな少年であった。本好きも漫画も趣味にして、素麺工場を継げばいいのにと私は思うのだが、人生そう簡単ではない。
千香子はどうしても漫画家になりたい。光輝の本心は素麺工場のあととりとか嫌だった。それで、二人は駆け落ちをした。
四国にいては、いずれ見つかって連れ戻される。そう思った二人は、大阪に行き仕事を探した。光輝は大きな書店のアルバイトを見つけた。千香子は漫画家のアシスタントになることが出来た。
小さなアパートだが二人で暮らすことが出来た。光輝が22歳、千香子が20歳のときである。古本光輝にとって、最も幸せなときだった。
そういう暮らしが2年続いたある日、千香子は突然いなくなった。
光輝には千香子がどこにいるのか分かっていた。少し前からうすうす勘付いていたのだが、千香子は漫画家の先生の担当編集者と仲良くなっていたのである。
いなくなった千香子が、その編集者のマンションにいるということは、容易に想像出来た。
親を裏切ってまで駆け落ちをした相手に裏切られて、光輝は深く傷ついたのであるが、千香子を追うことはしなかった。
それは光輝のプライドからだったかもしれないが、やはり彼の「あるがまますべてを受け入れる。たとえ出来なくてもそうありたい」という寛容の精神から来るものだったと私は想像している。
私が直接、彼にそのことについて尋ねたことはない。いくら寛容な友人でも、傷口を無理にこじ開けるような質問は、私もしたくないからだ。